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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8874号 判決 1983年1月31日

原告 ウエル株式会社 破産管財人 阿部昭吾

被告 株式会社富士銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三五〇六万六七六三円及びこれに対する昭和五六年八月二八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  破産宣告

ウエル株式会社(以下「ウエル」という。)は、昭和五六年一月二六日と二八日に不渡手形を出して同日支払を停止し、同月三一日、銀行取引停止処分を受けた。次いで、ウエルは、同年二月五日午後三時、東京地方裁判所において、破産の宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

2  破産法七二条五号又は同条四号の否認権行使

(一) 被告は、訴外柳川屋エフシー株式会社(以下「柳川屋」という。)に対し、昭和五五年七月三〇日、金四〇〇〇万円を、月利〇・八七五〇パーセント、最終返済期日昭和五七年七月三〇日、貸付け後二か月間は利息のみ支払う、その余の元利金は昭和五五年一〇月三〇日から完済に至るまで毎月三〇日(但し、二月は二八日)に月額二〇〇万六七一二円宛均等払にて支払う旨を約して貸付け、同日、ウエルは、被告に対し、柳川屋の右債務を連帯保証した。

(二) しかるに、ウエルは、被告に対し、右債務の主債務者である柳川屋が右約定に従つて分割金の支払を履行していたにも拘らず、昭和五六年一月七日、当時、被告に担保として差入れていた東洋端子の株式一三万七〇〇〇株を売却し、その代金四八六三万五〇〇〇円から柳川屋の右貸金債務三五〇六万六七六三円を、同月七日、一括支払つた(以下「本件弁済」という。)。

(三) 本件弁済は破産法七二条五号の無償行為又は同条四号の破産者の義務に属さない行為に該当するから、原告はこれを否認する。

3  予備的主張(破産法七二条五号の否認権行使)

(一) 柳川屋は、被告に対し、昭和五五年七月三〇日、前記四〇〇〇万円の貸金債務の支払を担保するため、柳川屋が訴外株式会社大昌園に対して有する金一億円のビル入居保証金返還請求権(同年六月三〇日付店舗賃貸借契約に基づき柳川屋が交付したもの)に質権を設定した。しかるに、被告は、柳川屋との間で、同年一二月二四日、右質権の設定契約を合意解除した。

(二) ウエルが代位弁済により取得すべき右質権を被告が故意又は懈怠によつて喪失した結果、ウエルの被告に対する前記連帯保証債務は民法五〇四条により消滅した。従つて、ウエルが被告に対し昭和五六年一月七日にした本件弁済は、破産法七二条五号の無償行為に該当するから、原告はこれを否認する。

よつて、原告は、被告に対し、否認権行使に基づき、金三五〇六万六七六三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年八月二八日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)、(二)は認め、(三)は争う。担保である株式の売却による本件弁済は、元来右担保が一般債権者の共同担保の目的から除外されていたのであるから、破産法七二条の否認権の対象になりえない。

3  同3の(一)は認め、(二)は争う。

三  抗弁

1  被告の善意(請求原因2の破産法七二条四号の主張に対し)

ウエルが被告に対し本件弁済をした当時、被告は右弁済が破産債権者を害することを知らなかつた。

2  担保保存義務の免除(請求原因3に対し)

ウエルは、昭和五五年一二月二四日、被告が右質権の設定を解除することにあらかじめ同意し、被告の担保保存義務を免除した。

3  代位権の放棄(請求原因3に対し)

ウエルは、被告と前記連帯保証契約を締結した際、ウエルが被告から代位により取得する権利は、被告の同意がなければ行使せず、被告が要求すればその権利を無償で被告に譲渡する旨を約し、もつてその際、右代位権を放棄した。

三  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2、3は知らない。

四  再抗弁(抗弁2に対し)

ウエルの被告に対する担保保存義務の免除は破産法七二条五号の無償行為に該当するから、原告はこれを否認する。

五  再抗弁に対する認否

再抗弁は争う。ウエルの被告に対する右免除行為は、被告が別紙物件目録記載第一、(一)、(二)の土地及び第二、(一)ないし(九)の建物(以下合わせて「本件物件」という。)に対して有していた根抵当権の設定を解除するのと引換えになされたものであるから、無償行為ではない。

第三証拠<省略>

(別紙) 物件目録<省略>

理由

一  請求原因1(ウエルの支払停止及び破産宣告)、同2、(一)、(二)(柳川屋の貸金債務に対するウエルの連帯保証契約及び右債務の弁済)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、右弁済が否認の対象である無償行為(破産法七二条五号)又は破産者の義務に属さない行為(同条四号)に該当するか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第一ないし第六号証、乙第一ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし七並びに証人飯田浩忠の証言を総合すると、ウエルが被告に対し右弁済をなした経緯は、次のとおり認めることができる。すなわち、ウエルは、昭和五五年初めころ、外食産業部門への進出を企図し、福岡市に本店を有する柳川屋との間で、うなぎのセイロ蒸しの販売等について業務提携をすることになり、チエーン店舗の募集に先立ち、モデル店舗を東京銀座に開設することになつた。その際、右店舗の借主は柳川屋とするが、その費用及び損益はウエルと柳川屋が折半する約束であつた。そこで、柳川屋は大昌園から、同年六月三〇日、東京都中央区銀座六丁目一二番一三号栄昌ビルデイング一階店舗床面積一九〇・六八平方メートルを入居保証金一億円とする約束で借受けたのであるが、右保証金のうち金一〇〇〇万円は手付金として契約に際し交付し得たものの、残額九〇〇〇万円は他から融資を受ける必要があつた。そこで、柳川屋は被告(兜町支店扱。以下同じ)から、同年七月三〇日、金四〇〇〇万円をウエルの連帯保証のもとに借入れ(以下「柳川屋の借入金」という。)、更に、ウエルは訴外富士銀フアクター株式会社から、右同日、金五〇〇〇万円を柳川屋の連帯保証のもとに借入れ(以下「ウエルの借入金」という。)、以上合計金九〇〇〇万円を、同日、柳川屋が大昌園に入居保証金として交付した。そして、以上二つの借入れの物的担保として、(一) 柳川屋の借入金については、(ア) 柳川屋が大昌園に対して有する前記一億円の入居保証金返還請求権に、同日、第一順位の質権を設定し(質権設定については当事者間に争いがない)、同日付確定日付をもつて右質権設定について大昌園の承諾を得、かつ、(イ) 訴外株式会社アール・オー・シー・フーズ(当時の代表取締役木下勲宗)所有の本件物件に順位二番の根抵当権を設定して、その旨の登記を了し、(二) ウエルの借入金については、(ア) 前記大昌園に対する入居保証金返還請求権に順位二番の質権を設定し、同年八月四日付確定日付をもつて右設定につき大昌園の承諾を得、かつ、(イ) 本件物件に順位一番の根抵当権を設定して、その旨の登記を了した。当時、アール・オー・シー・フーズはウエルに対し十数億円にも上る負債を負い、会社は休眠状態で、ウエルの完全な支配下にあつたため、ウエルの指示どおり本件物件を右のように担保に供したものであつた。その後、柳川屋は、被告に対し、自己の借入金の返済を続け、同年八月分の利息として金三六万八二一九円、同年九月分の利息として金三五万円、同年一〇月から一二月までの分割金として毎月金二〇〇万六七一二円宛をほぼ所定の期日に分割して支払つていた。ところで、ウエルは、同年九月、経営の立て直しを図つて役員の大巾な人事異動更迭を実行し、その結果、それまでの会長、副社長及び専務取締役らが退任し、新たに会長に鶴屋商事社長西垣亮、専務取締役に前田島貿易社長田島裕一郎及び鶴屋商事常務取締役長久保勝弘がそれぞれ就任し、直ちにウエルの債権債務、資産関係の整理をはじめたが、その過程で、同年一〇月三一日、アール・オー・シー・フーズの所有名義になつている本件物件のうち別紙物件目録記載第一の(一)、(二)の土地の各共有持分一〇〇〇分の五一四並びに第二の(一)ないし(九)の建物のうち(二)を除くその余の建物を代金七二〇〇万円で訴外インターナシヨナル共同株式会社に売却した。その際、売主アール・オー・シー・フーズ(当時の代表取締役はウエルの代表取締役小林寿夫が兼任していた)と買主インターナシヨナル共同とは、(一) 右売買代金は東京株式市場第二部上場銘柄である訴外東洋端子株式会社の株式一八万七〇〇〇株にて支払うこと、(二) 右株券と引換えに売主は売買物件の引渡及び所有権移転登記手続をなすこと、(三) 売主は、右物件の引渡及び所有権移転登記手読の申請時までに右物件に存する抵当権、質権、借地権、借家権その他買主の完全な所有権の行使を妨げる一切の負担を除去し、瑕疵のない完全な所有権を移転すること、を合意した。そこで、ウエルは、右合意条項(三)を履行するため、本件物件に設定された被告と富士銀フアクターの各根抵当権を消滅させ、同設定登記を抹消して貰うべく右両社と種々折衝し、担保差替え案として、被告に東洋端子の株式一八万七〇〇〇株を、富士銀フアクターに西垣亮会長の軽井沢の土地をそれぞれ提供することなどを申出たが、西垣会長の土地提供が実行できずに右の案は流れ、結局、この件について最終的には、同年一二月二四日、ウエル、柳川屋、被告、富士銀フアクター及びインターナシヨナル共同の五社が相集り、右各社間で次のとおり合意が成立した。(一) 被告及び富士銀フアクターは本件物件に対する各根抵当権の設定をいずれも解除し、同設定登記の抹消登記手続をなすこととし、同日、右抹消登記手続に必要な書類をインターナシヨナル共同に交付する、(二) インターナシヨナル共同は、ウエルに対し、同日、東洋端子の株式一八万七〇〇〇株の株券を交付する、(三) ウエルは、右株券のうち一三万七〇〇〇株を柳川屋の借入金の担保として被告に交付し、質権を設定する、(四) 被告は、柳川屋との間の本件入居保証金返還請求権に対する第一順位の質権設定をウエルの同意のもとに合意解除し(合意解除の事実は当事者間に争いがない)、同日、大昌園に対し右解除の通知をする(この結果、富士銀フアクターの質権が第一順位になる)、以上のとおり合意され、そのとおり実行された。もつとも、当時、東洋端子は、無配当で、株価が一株三四〇円位であり、被告の内規によれば株式を担保にとる場合、その担保価値を、通常、株価の五掛(五割)程度にみることになつていたので、右株式一三万七〇〇〇株では掛目不足を生じ、この担保差替えに難色を示していたこともあつて、当初、借入金残額と掛目不足の差額分はウエルが繰上げ返済するなどの話もあつたが、結局、一二月二四日の時点では、被告の有する物的担保を全部外す代りに株式一三万七〇〇〇株を売却し、その売得金をもつてウエルが柳川屋の借入金を全額一括弁済することが合意され、その売却先を探していたところ、翌昭和五六年一月七日に至り、富士銀フアクターが右株式全部を金四八六三万五〇〇〇円で買取ることになり、右同日、富士銀フアクターは代金全額をウエルの当座預金口座に振込み支払つた。そして、同日、柳川屋の借入金残元金及び経過利息合計金三五〇六万六七六三円が被告に支払われた(右支払の事実は当事者間に争いがない)。なお、右売得金の余剰金は、その後ウエルの手形決済資金等にも充てられた。以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そうすると、ウエルは、アール・オー・シー・フーズの所有名義ではあるが実質的には自己の資産ともいうべき本件物件を有利に換価して営業資金の調達等を図り、経営の立て直しを為し遂げるべく、被告及び富士銀フアクターの右物件に対する根抵当権の設定を解除しようと試みたが、代替担保の調達に窮し、已むなく被告に対し本件弁済に及んだ事実を認めることができる。

ところで、連帯保証人が債権者に対して連帯債務を弁済することは、たとえ分割弁済の期限の利益を放棄した履行期前の弁済であつても、自己の債務の弁済でもあるから、特段の事情がない限り、破産法七二条五号にいう無償行為には該当しないと解するのが相当である。ウエルの被告に対する本件弁済は、柳川屋の連帯保証人兼物上保証人としてなしたものであることは前記認定のとおりであるから、請求原因2の無償行為を理由とする否認の主張は失当である。

もつとも、原告は、仮に無償行為でないとしても、ウエルの右履行期前の弁済は破産法七二条四号の破産者の義務に属さない行為であるから否認の対象となると主張するので、これについて判断するに、ウエルの昭和五六年一月七日当日の一括弁済行為のみを促えれば、それまでの間、主債務者の柳川屋が分割弁済を続けていたのであるから、一見破産者の義務に属さない行為の如くみえるが、本件においてはさように右弁済行為のみをその行為に出た経緯と切り離して評価するのは妥当でない。前記認定のとおり、本件弁済は、ウエルが本件物件を自社に有利に換価して経営の立て直しを図るべく(結果的には成功しなかつたが)、被告及び富士銀フアクターの右物件に対する根抵当権の設定を解除するため、それとの交換条件として右取引の流れの中でほぼ経済の原則に則つて新たな義務の設定(期限の利益の喪失)がなされ、その履行として一括弁済がされたものであつて、単純な履行期前の弁済と趣を異にし、これをもつて破産法七二条四号の破産者ウエルの義務に属さない行為ということはできない。従つて、原告のこの点の主張も理由がない。

三  次に、請求原因3の主張について判断する。

柳川屋が被告との間で、昭和五五年七月三〇日、借入金の担保として大昌園に対する金一億円の入居保証金返還請求権に第一順位の質権を設定したこと、しかるに、右両社が同年一二月二四日、右質権設定契約を合意解除したことは、当事者間に争いがない。原告は、右合意解除は、ウエルが代位弁済によつて取得すべき質権を被告がその担保保存義務に反して故意又は懈怠によつて喪失したことになるから、民法五〇四条によりウエルの被告に対する前記連帯保証債務はその時点で消滅したと主張する。しかしながら、前記認定のとおり、ウエルは被告に対し右質権の解除にあらかじめ同意し、被告の担保保存義務を免除していたことが明らかであるから、右主張は失当である。

もつとも、これに対し、原告はウエルの右同意による担保保存義務の免除は破産法七二条五号の無償行為に該当するからこれを否認すると主張する。しかしながら、前記認定の事実並びに証人飯田浩忠の証言によると、ウエルが同年一二月二四日、右質権設定の解除に同意せず、被告の担保保存義務を免除しなかつたとすれば、富士銀フアクターは、被告に対する本件貸金の物的担保として、入居保証金返還請求権に対する第二順位の質権のみに甘じなければならず、他の代替担保なくして第一順位の本件根抵当権を手放すことには応じなかつたこと、従つて、ウエルの右同意・免除がなければ、本件物件に対する富士銀フアクターの根抵当権設定の解除が望めず、ひいては右物件の有利な売却が成功しなかつたことが認められ、ウエルの右同意・免除と富士銀フアクターの根抵当権設定の解除とがいわば実質的に対価関係をなしていたとみるのが相当であるから、これをもつて無償行為であるとする原告の主張は失当といわねばならない。さすれば、原告の請求原因3の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河野信夫)

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